セニョール矢田との出会い



「まあちょっとゆっくりして行きなさい」

その一言から、真夏のヨーロッパ、何故か更なる一週間をバルセロナで過ごすことになったCathy。

宿の主人・矢田さんはさながら生き仙人という出で立ちの日本人オーナーです。

本当に霞でも食べて食いつないでいそうな細い体躯にストライプの入っただぶだぶの襟付きシャツを、ピンク色のタンクトップの上から羽織り、これまたサイズの合わない砂色のグレーのズボンをはいています。
頭にはバンダナを巻いており、時代劇に出てくる水戸黄門のような頑固そうだけどちょっとカワイイ大きな瞳、薄い唇。その下に長く伸び行く真っ白なお髭。足元はなぜだかミトンのショートブーツ。内側が起毛加工されてて寒い冬には重宝しそうなやつです。

矢田さんのことはネットの書き込みで知りました。
もしかすると、彼にあうまでに既にCathyは彼のことを十分に知っていたかもしれません。彼に関する相当な知識をあらかじめネットから仕入れていたんです。
それだけ、「セニョール矢田」に関しての口コミは興味深いものでした。

・基本、オーナーの気分次第で対応が変わる宿
・僕らはフラメンコが見たいとポツリと言ったのだが、なんとオーナーの矢田さんは
早速フラメンコの手配をしてくれた。
・対応最悪でした。もうこんな宿は二度と来ません。

なんとわくわくする口コミ w

そこで早速、ひと目だけでもセニョール矢田に会いたくていそいそとバスを乗り継ぎ重い荷物を担いでアクロポリス(宿の名前)に繋がる急な坂道をえっちらおっちらと登っていくところで、ちょうど視界に現れた宮殿さながらの建物のテラスにいた矢田さんを見つけたのです~

「あ、ここがアクロポリスですか」

坂道を登ってきた私とぴたっと目のあった矢田さんは、一瞬くしゃっとしわだらけの口元をゆがめ、苦虫を噛み潰したような顔をしました。

「ああ、そうだけど。しかしなあ・・困ったなあ。今ひとは泊めてないんですよ。ごにょごにょ。」
矢田さんは神経質そうな、早口でこう言いました。実際最後の数言は口の中でもごもごと聞こえただけで、よく聞き取れなかったので、彼が独り言を言ってるのかと一瞬思ってしまったCathy。。

「・・・あ、そうなんですか?私、直接来ちゃったから、用意がなかったとか・・」
「いや、そういう訳じゃなくて。ね。ボイラーが壊れちゃって水しか出なくていいなら、お風呂もついて30ユーロでありますけどね」

水風呂かあ~
この一週間、うだる暑さの中で毎日水シャワーを浴び続けていたCathyにとってはなんともないことでした
でも・・一泊30ユーロ(約3000円)!今まで20ユーロ以下で凌いできたものとしては、高いなあ!

「まあ、せっかくだからグエル公園(ガウディの有名な作品)も近いことだし、荷物おいて見てきたらどうですか」

Cathyが考えている様子をみて、矢田さんは急かすように提案してくれました。
「よかったら昼食の残りがあるから。食べて行きなさい」
「いいんですか!有難うございます。」

こうして出会って10分後には矢田さんの手料理にあやかることになっていたCathy。

メニューは矢田流ぺペロンチーノ。ゆでたスパゲッティに炒めたベーコンのこまぎれが絡み合っている、なんともシンプルな料理でしたがCathyにとっては久しぶりのイタリアン。ガツガツといただいている姿を見ながら、テラスで隣に座った矢田さんはCathyの今までの旅路について話を聞きたいご様子。
矢田さんは大のインド好きらしく、もう6回も訪問しているそうです。インドはこれからです、というと嬉しそうにインドのマンゴーで作った漬物を出してきてくれました。

Cathyはこれまで東回りに3ヶ月ちょっと旅してきたこと、そしてスペインに入ってからはパキスタン人に拾われて1週間くらいシェアハウスにホームステイしていたこと、これから1週間後にスペインのバレンシアで開催されるトマト祭りに参加する予定だなどと話をしました。

「ところで、久しぶりの日本食だったら何を食べたいですか?」

矢田さんに聞かれ、

「そりゃあ、勿論カレーです!日本にいる頃は毎日食べてても飽きなかったのに、ここにきて3ヶ月以上も食べてない!!そろそろ禁断症状が・・と思っていたところに、さっき矢田さんのキッチンのところに6箱くらい熟カレーのルーが積まれてるのを見て、今その症状がでてきちゃいましたあ(笑)」

はずむ会話の中でこう返すと、では、今夜はカレーにしましょう。という流れに。

カレーの中に入れる、じゃがいも、にんじん、たまねぎそしてスペインでは特別果物が安いのでマンゴーを近くの成果食品店で買ってくると、早速カレーの準備を始めることに。

Cathyが皮をむいて、矢田さんが炒める係りです。
行って見るとキッチンにはガス缶に繋がったコンロがあるだけで、冷蔵庫も電子レンジもありません。流しはあるのですが、管が連結されていないのです。つまり、何かを流してしまったら床にそのまま垂れ流しになってしまう状態なのです。

「矢田さん。これ、改修工事中ってことですか?」

野菜を洗うため、隣にあるトイレの洗面所の水道を使って帰ってきたCathyが彼に聞くと

「そう、ここだけじゃなくて上の階も全部工事中だから」

なるほどと納得したCathy。
あてがわれた部屋には広いけど、2つあるベッド枠のうち1つの上にいくつものビニールのかかったベッドマットレスがあったし、
その他の部屋にもたくさんのベッドマットレスが山積みになっていたし、
なぜだかCathyの部屋の鍵は見つからなくて、隣の部屋からベランダづたいに入るよう指示されたし、
コモンスペースだろうと思われる居間には椅子やテーブルが雑多に置かれていたし、
建物のいかめしい古さとは似つかわしくない新品のエレベータもキッチンの奥についていたからです。

「どのぐらい改修中なんですか」
「もう。3年くらいかな。」
「・・・」
矢田さん、そういうところはマイペースのスペイン人ペースみたいです。
そんな改修工事中の宿に泊まれるというのも貴重な体験であることは間違いありません。

カレーができあがったあと、私達は真夏のスペインの夜空の下、テラスに出て乾杯しました。
思う存分日本のカレーを堪能し、爪楊枝がほしいなあと思っているところで、矢田さんがふと口を開いたのです。

「まあ、トマト祭りまで時間があるならちょっとゆっくりしていきなさい。僕も一人でこの宿の改修にあたってるしもうひとつ管理している宿もあるから、やることを手伝ってくれるなら」

そういうわけで、Cathyの笑いと冒険(一種の)に満ちた1週間は思いもよらず幕開けしたのでした~

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