Cathyの中東まとめ(宿と交通情報2013年)

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中東の宿情報
【ヨルダン】
アンマン
Clif hotel
ダウンタウンにある有名パッカー宿
有名レストラン、ハーシムの向かいにある
ドミ5JD、無料Wifi、キッチン有り(料理は不可)、目の前に安くて美味しいパン屋、隣にコンビニ
ホットシャワーは朝6時~23時まで
とにかく居心地◎

Mansoor hotel
ドミ5JD、隙間風あり、冬は極寒!!無料Wifi,朝食は廃止、情報ノートあり
オーナーのアリさんは悪い人ではないが贔屓屋さん。Clifの斜め向かいにある

Farah hotel
ドミ9JD、朝食付き、無料Wifiあるが1日100MBまで。ホットシャワーは朝のみ。清潔、大通りから一本入った道にある。

Sydney hotel
ドミ7JD、無料Wifiあり、キッチンは使えないがスタッフはとても親切フレンドリーでとても居心地がいい。
ドミは一般の部屋を改装して先日始めたばかり。

ペトラ
バレンタインイン
ドミ3JD(16人部屋)
夕食ブッフェ5JD、無料Wifi有り、ホットシャワーは18時~20時
徒歩10分くらいのバス停まで無料の送迎あり。ペトラ遺跡入口までの無料送迎あり。
ワディアルファの砂漠1泊2日ツアー35JD(入場料は別途必要)
冬は毛布5枚重ねても極寒!!!!

Sadi hotel
ドミ8JD,朝食付き。Wifiあり。部屋も清潔で暖房つき。冬場はここのがいいかも。

【イスラエル】
エルサレム
イブラヒム・ピース・ゲストハウス
旧市街のダマスカスゲートからバス75番に乗ってマウント・オリーブへ(5シュケル)。終点で降りて、道なりに下ると右手に商店があるのでその反対側の小道を入ると、ある。わからなければ近くにいる誰かに聞けば教えてもらえる。
ドネーション制の宿
50~100シュケル
キッチンにある食材は好きに使っていい。無料Wifi,洗濯機あり。名物イブラヒム爺さんの手料理と”イート!!”が待っている。
ホットシャワーはソーラーが使えるときにだけ出る。

【エジプト】
ダハブ
セブンへブン
ドミ15ポンド
無料Wifi有り、海水シャワー
洗濯物干し場充実
キッチンは頼めばインストラクター部屋のを使わせてもらえる
ダイビングでライセンスとるひとは講習日分宿泊費がタダになる
OwとAOWで400ドル5日間
AOWのみ250ドル2日間

ディープブルー
セブンと違って完全に日本人しかいない
ドミ15ポンド、Wifi,キッチン無料

カイロ
Sultan hotel
ダウンタウンにある有名な安宿
ドミ25ポンド、無料Wifi,キッチン充実
ベッドにダニあり、冬だというのに蚊が多い。先日天井が崩落した。

ベニス細川
スルタンホテルと同じビルの5階にある。
階段がちょっと大変。
ドミ35ポンド朝食付き。無料Wifiあり、綺麗で雰囲気はいい。
日本円払いもできる。

ルクソール
エルサラームホテル
ドミ15ポンド
キッチン、無料Wifi有り。割と清潔で居心地◎
マネージャーのオマールさんに頼めば、学生証やヒエログリフのシルバーアクセ工房に連れてってくれる。
王家の谷へのタクシー送迎1人20ポンド、チャリレンタル15ポンド

アスワン
ヤスィーンホテル
シングル40、ツイン60ポンド
簡単な朝食付き
無料Wifiロビーのみ。駅から徒歩5分以内

中東の交通情報
【ヨルダン】
アンマン→死海(自力移動)
ムジャンマ・ムハジェリーンバスターミナルからバス1JD,1時間
降りた場所からパブリックビーチまでタクシー4人で4JD,10分
パブリックビーチには1JDでシャワーあり。ただゴミとか流れてて汚い。

帰りは大通りで適当に乗り合いバン拾ってアンマンダウンタウンまで1人2JD

ハーシムを右手に歩いた坂道にいつも黄色のタクシーがとまってて、交渉したら1台20JDで死海まで往復できる(言い値は40JD)

【イスラエル】
アンマン→エルサレム
キングフセイン橋経由(非公式国境のため、ここから入ったらここから出るというきまりがあるのだそう)

アンマンダウンタウンからムジャンマシャーリーまで白いセルビス0.5JD(ゴールドスーク裏から出てる)15分、国境までバス3JD(地元人と乗り合い)1時間
国境で出国スタンプを別紙にもらい、出国税10JDを払う
国境の橋はバスで渡る(5JD+荷物代1.5JD)10分
イスラエルの荷物預け場所で荷物シールをもらい、荷物は預けたまま入国審査。
国境からのシェアバンは42シュケル+荷物代5シュケル
約1時間で旧市街のダマスカスゲートまで行く

*イスラエル出国のときにはイスラエル出国税、176シュケルがかかる。謎の団体割引もあり。(複数で行けばわずかながら安くなる)

エルサレム→ベツレヘム(パレスチナ自治区)
21番か24番のバス約30分
21番は7.5シュケルで幹線道路沿いでおろされる。そこからダウンタウンまでは徒歩圏内。
24番は5シュケルで分離壁手前まで。パスポートを見せて自分で分離壁を越える。壁の向こう側にはタクシーが待機している。ダウンタウンまで5シュケルが相場。

花束を投げるバンクシーの絵だけ、見所から遠く離れているのでタクシーで行くのがベター
残りはダウンタウンから徒歩圏の分離壁一箇所に固まってる。
近くにはアイダ難民キャンプもある。

ベツレヘム→ヘブロン
21番バスで降ろされる道路上でシェアタクシー(9シュケル)かヘブロンと書かれたバス(5シュケル)をつかまえる。所要時間約1時間でアラブ人居住率90%のパレスチナ自治区、ヘブロンへ。
ひとは陽気で明るいが、たまに監視のイスラエル兵を挑発する少年がいたりし、報復として催涙ガスも日常に使われている。

【ヨルダン】
アンマン→ペトラ
南バスターミナルからシェアバン5JD(言い値は7JD)約3.5時間

アンマン→アカバ
ジェットバス 8.8JD(ジェットバスオフィス前から)
約4時間

アカバ→船チケット代理店→船着場
タクシーメーターで4JD
船のチケットは65USドル+手数料2JD(町中である正規のオフィスで買えば手数料はいらないかも。ちなみに船着場でのチケット販売はされていない)
アンマン出国税10JDを払う

アカバ→ヌエバ
船で3時間(ただし出航時間は定まってなく、Cathyのときには16時発の予定が結局21時半に出港でした)
船内でパスポートを預ける
到着後、ヌエバのオフィスで15USドル払い、パスポートとビザのシールを持ってイミグレへ。このときイミグレの外にATMあり。エジプトポンドの引き出し可能。

【エジプト】
ヌエバ→ダハブ
白にオレンジ色のはいったバスが、ポート出入口まっすぐ出て左手のバスターミナルに止まってる。
朝6時~
15ポンド、約1時間でダハブバスターミナルへ
タクシー1台10ポンド、シェアタクひとり5ポンドでダハブ中心へ(地元人は1台5ポンドで乗ってた)

ダハブ→カイロ

75ポンド
夜7.30発、予約不可。当日18時から発券開始
所要時間9.5時間、アブドゥルバスターミナルにつく。朝9時、夜10時発はともに100ポンド
何度もパスポートチェックあり。

カイロ→アスワン
カイロのトルゴマーンバスターミナルより125ポンド、16時間

カイロからアスワンまでは電車もあり。2等80ポンド、13時間。ただし遅延あり。1等以外は窓口での外国人への発券は行っていないので、チケットは乗り込んでから車掌から直接買う。

噂のイブ爺さん・・イスラエルにて70年ぶりの大雪!!

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「はい、これあげるから」

差し出された一対の靴下。

「サンキュー アーネスト」

Cathyはいま、イスラエルのエルサレムにいます。
よく、長距離のフライトに乗ると機内キットでついてくる、あのざっくりとした靴下。70年ぶりの大雪でお外で転びまくり&靴の中ぐしょぐしょになって半泣きで帰ってきたCathyに、宿のボランティアスタッフ、アーネストさんが同情してくれ靴下をくれたのです・・

それにしても物価の高いイスラエルでは、聖地エルサレムで安宿を見つけるのはとても大変。なので最近のバックパッカーの中で有名な、かの”イブラヒム・ピース・ゲストハウス”に行ってみることにしました。
ここはパスポートをもたずに世界で平和を演説してまわっているという、おじいさんのお家でドネーション(寄付金)でまかわなれています。

寄付といっても、大体の金額をイブじいさんが指定してくるので、大体1泊50シュケル~120シュケル(1500円~3600円)をみんな払っているようです。(指定制の寄付金って??って感じですけどね)

寝る場所は相部屋か個室。2階のベランダを出たうえにさらに3階を増設しているのですがそこへ行くまでには外に出ることになり、さらに増設部分の3階は極寒!!!足を伸ばして寝ることができません・・(オールナイトダンゴ虫状態)シャワーはソーラーパワーを使っているので天気の悪い曇り続きのときには寒すぎてシャワーを浴びることができず、まるで修行僧のような生活です。

ただここの宿は、キッチンが充実しており食材もおいてあるものを自由に使っていいのでシェア飯好きの日本人には好評なようです。そして名物、イブラヒムじいさんの”ごはん!!イート!!!”彼自身も直接手料理を振舞うことは珍しくありません。
ここに集まる旅行者は口コミだったりでこの宿を見つけ、やってきます。

3日ほどもいると、イブじいさんの演説が聞けます。Cathyは大雪に閉じ込められて7日くらい滞在しましたが、ある晩、チェコから来た学生さんたち10数名と夜の食卓を囲んでいるとその演説が始まりました。

以下は演説の抜粋。
”みなさん、さまざまな国からここエルサレムのイブラヒムピースゲストハウスまで来てくれて有難う。ここにやってくるすべての人々を私は自分の子供のように歓迎します。
実はここ数ヶ月で私は何度かこの20年ちかくやってきたゲストハウスを閉めようかと考えていました。
この建物は先祖代々から受け継いだものですが、自分のいま置かれている状況には逆らえないのです。
例えば自分の娘は数年前、新築の家の建設を政府に見咎められ多額の罰金を課せられました。約三千万円という大金です。その時期、世界中の私の友達は義援金として世界から援助の手を差し伸べてくれなんとかその3分の1の金額を集めることに成功しました。
しかしまだ支払い金は残っており、政府は支払い金が滞ると私を牢屋に入れようと準備しています。実際私は何度か牢屋で過ごしたこともあります。
その罰金を払うためには既にリタイヤした私からは望めず、娘の働き先からの収入、すこしばかりのこの宿の寄付金などに頼っているのが現状です。
ですがこのゲストハウスにしても運営費もかかります。それは物価の高騰するイスラエルでは深刻な問題です。私はなんどもこの宿を閉まってしまおうかと考えました。けれども世界中から私の話を聞き知ってやってくる旅行者、この日本人達のような(そういってイブじいさんは私達数人の日本人を指差しました)驚くべき長期旅行者達の話を聞くと、彼らがこの家の玄関まで来て落胆して帰ってゆく後ろ姿を見たくはないと思い直すのです。”

そうして、その日の演説はできればこの宿を存続させるための募金額として70シュケル~120シュケル(約2100円~3600円)を募金箱に入れて欲しいと締めくくられました。

正直、Cathyにとってはなんだか居心地の悪いお話だったなあというのが感想です。爺さんの娘さんはパレスチナ人だから、ここイスラエルでは建物を建てるときには政府の許可がいります。
そりゃあ、無許可で建てちゃったらあとから本来収めるはずだった税金と罰金、まとめて請求されてもおかしくないのかもしれません・・(パレスチナ人だけに限ってそんな制約を設ける国自体ももちろん考え物ですけど)
それからその居心地の悪さは爺さんの同情をさそうような語り口からきたものかもしれません。

「私達夫婦はもう老い先も短い、苦労させた嫁を海外旅行にも連れて行ってやりたい。どうかこんな私達を助けてもらえないだろうか」

彼の演説には一種、独特なものがありCathyにとって後味が悪かったことは否めません。
雪のしんしんと降るイスラエルの夜は、ゆっくりと更けてゆきます。

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ぺトラ遺跡でカップラーメン



”アッセルメンナック!!って言いなよ!!” 
らくだのうえからCathyを見下ろしつつ、砂漠の民ベドウィンの男の子は言います。

”アッセルメンナック!!”

途端に周りからぐわっと起きる大爆笑。

Cathyはヨルダンの南西、世界遺産でも有名なぺトラ遺跡に来ています。巨大な遺跡内で、ラクダさんやロバ
さんと一緒にうろうろしているベドウィン達にからまれること複数回。

彼らはなんというか押しの強い商売人です。

遠くからCathy達を見かけると、

”らくだはらくだ~~!!!”とか、”佐藤です!!”

とかイミわかんないこと話しかけたりすごい勢いでこちらに突進してくるので・・・

ちなみにアッセルメンナックのイミを最後まで教えてもらえなかったのですが、結局アイ・アム・ベター・ザン・ユウ
の意味みたいです 苦笑

ぺトラ内のレストランはお高いので、あらかじめ宿から持ってきたオレンジとカップラーメンの昼食をとることになりました。

お湯、わけてくれる優しいベドウィン。

オレンジの皮を投げ捨てようとしたら、なんとロバが食べるよ!とのことだったのでロバにあげました~

ちなみにぺトラ遺跡の外国人入場料はなんと50JD!!(約75ドル)
ちょっとケチってナイトペトラ(14JD)だけで済まそうかと思っていましたが、一日歩き回ってやっと見所をだいたいおさえられるくらい広い敷地内。払う価値もあるというのでしょうか。

砂漠の民ベドウィンと愉快な動物達にお会いできることをお楽しみに♪

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死海体験、どこからともなくあらわれる泥パック売り



ヨルダンに来たなら、いちどは皆訪れる死海。
この死海はヨルダンとイスラエルの国境をまたいでいるので、どちらの国からもアクセス可能なのです。

世界で一番海抜の低い死海は、ひからびていく一方だそうで。十年前と比べても10数センチ、また海抜が下がっているのだそうです。

海抜が低いため、ほとんど1年中ぷかぷか体験のできる死海はヨルダン人気の観光スポットです。
今回宿で知り合った日本人K君、J君、Aさんと4人で死海を目指すことにしました~

アンマンのダウンタウンにある、ハーシムレストランの脇にある坂道にタクシーのたまり場があり、交渉すれば一台20JD(約2800円)で往復連れてってくれるとの情報があったのですが、この日はなぜか一台もつかまらず結局バスで行くことに・・

ムジャンマムハジェリーンからバスで1JD,1時間で死海の手前まで着きます。
降りた場所からパブリックビーチまで、タクシーを4人シェアで4JDでした。
(帰りは適当に幹線道路を走ってるミニバスを捕まえて、アンマンまでダイレクト2JDで帰れました☆)

パブリックビーチに着いた!!!

でも。。。。なんだか想像とちがってて、ゴミとか流れてて超汚いビーチと言えないビーチ。

浜に打ち上げられたゴミをかきまぜちゃってます。

そのまん前に椅子を置いて、しきりにシーシャ(水タバコ)を薦めてくる商売人。
ビーチの真ん中には、トラックの荷台に積んである水タンクからホースで水をひいた、簡素なシャワーが1つ。(1JDだった)

予想に反した汚さにただ驚きのCathy達でしたが、なんとかマシな浜辺を歩いて探し、死海浮遊体験をすることにしました

おおおお

ういてる~!!!

足を入れるとすぐ、というわけではないのですが海中で思い切って両足を浮かすと、まるでお姫様だっこされてるかのようにふわんと浮くんです。

新聞読んでみたり。

わっかつくってみたり。

足元は有名な死海の泥パック☆足の指ですくって体に塗ってたら、どこからともなくペットボトルに泥を詰めたお兄さんが来てました。

”泥、どうやねん??”

やる気のなさげな商売にいさん、公共ビーチに変な居心地のよさを感じてしまった死海訪問でした~

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うつろなユダヤ人と悪魔の宗教

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ふらふらと歩くシルクハットの男性を、Cathyは後ろからじっと観察しています。
イスラエルの聖地エルサレム。
70年ぶりの大雪によって、人影もまばらな嘆きの壁の前で、ひとしきり祈りを捧げた後歩き出した彼の後姿は、なにかにとりつかれたかのようにおぼつきません。

肩がふらふらと右に左にゆれるのです。それは彼が着ているユダヤ教独特の服装_黒いシルクハットに黒いロングコート_のせいでもあるのかもしれません。
そうであるにしても、その歩き方には一種独特の雰囲気があってCathyはひとしきり吸い込まれるようにして見入ってしまいました。

歩きにくい雪道に何度も滑って転びながら宿に帰ると、出かける準備をしているチェコ人グループの女の子に会いました。
”Cathy、どこに行ってたの??出かけるわよ”

”え、出かけるってどこへ??”

”アーネストに聞いてないの??今日は土曜日、昨日からのシャバット(ユダヤ教の安息日)明けのお祝いにユダヤ人のお家にランチに行くのよ”

”行きます!”

ミステリアスなユダヤ教に興味津々だったCathyは即答でした。

イブラヒム爺さんのボランティアスタッフであるアーネストさんにつれられ、チェコ人グループ6人と一緒にオリーブ山のふもとから歩いて20分くらいの地元のユダヤのお家へ。

玄関には張り紙。
”私達はユダヤの安息日である金曜日の夕飯、そして安息日明けの土曜日の昼ごはんに各国の訪問者を歓迎します。”
通されたお部屋はわりとこじんまりとした書斎です。ところ狭しとばかりに本棚に並ぶヘブライ語の本が、まるで中世博物館の展示室に迷い込んだかのような錯覚を覚えさせます。
ユダヤの教えで、安息日には電気製品などから遠ざかる、というものがあり、写真撮影は許してもらえませんでした。

ところで席に座ってぞろぞろとやってくる訪問者を観察していると、ふいに現地人っぽい若い女性に話しかけられました。

”ちょっとあなた、あなたはユダヤ教徒なの??”

・・・うーんと。。アジア人のユダヤ教徒だと間違われたのかな??
質問の真意をはかりかねていると、彼女は続けます。

”みたところツーリストね。ちょっと手伝ってもらいたいことがあるんだけど、大丈夫かしら”

”あ、はい。(なんだろう・・)”

彼女はCathyの手をとり、出口へと招きます。いつのまにか彼女の夫っぽい男性も一緒にCathy達3人は外の小道を歩いていました。歩きながら説明をしてくれます。

”私はカナダから来たユダヤ人なの。彼は夫よ。あなたも知っているでしょう、今日はユダヤの安息日っていって、私達ユダヤ人は電気製品に触ることを許されていないの。でも間がわるいことに家のブレーカ-が落ちちゃって。
あなたに手伝ってほしいのよ”

なるほど・・Cathyのようにユダヤ教徒でない観光客が、観光目的で例の家に来ることを見計らって声をかけてくれたようだと合点がいきました。

”お力になれるなら、喜んで”

彼女のお家はあるいて数分の集合住宅の一区画でした。
家の壁にとりつけられたブレーカーの蓋をひらき、コレコレ、コレだよ!とぎりぎりまで指を近づけて指し示す旦那さんにおかしさを感じながら(だってそこまで近づいたらもう一緒じゃない?と思ってしまうのですが)、スイッチをオン!
そうすると奥さんが紙皿にシャバットのご馳走を載せて持たせてくれました~
ご馳走は、お家によってさまざまだそうですが、Cathyがいただいた紙皿にはいり卵、紫キャベツのサラダ、パンが載っていました。

有難う!と見送ってくれる奥さん、こちらこそ貴重な体験を有難うございます。

書斎にもどると、次々に料理が運ばれてきました~

サラダ、魚肉ソーセージ、どっしりとしたユダヤパン。チキンの手羽先煮込み、、あとからあとから運ばれてくるお料理を、自分のお皿にとってはお隣に回してゆきます。

最初のうちはお腹の空いていたCathy。ひたすら食べることに集中してましたがそのうち、ところ狭しと座っているユダヤの正装の方々の様子が違うことに気がつきます。

トレードマークであるブロンドの長いもみあげをふらふらさせながら、彼ら聖書に没頭しているのです。
中には口の中でどこかの一文をぶつぶつと唱えている男性もいます。

ふと隣を見ると、白いブラウスに黒のロングワンピースの似合うお姉さんも食べ物を口に運びながらブツブツと何か唱えています。
これ、ちょっとおっかない状況です。なにしろ、密閉した空間にコレだけの人数(4,50人はいたでしょうか)が集まってユダヤの聖書の一文を朗読したり自分の世界にひたっているのですから・・

あ~写真を撮れなかったのは悔やまれます・・

ユダヤ教が、その昔悪魔の宗教と呼ばれ恐れられた経緯もなんとなく想像がつくような体験ができたのでした。

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パレスチナ暫定自治区~ヘブロン訪問~

”ここから先はエリアAと呼ばれる地区です。イスラエル人の立ち入りは生命の保障をできかねます”
濃霧の中突然現れた立て札。赤い文字でそんな怖い文言が描かれた看板を横目に、Cathyと宿で仲良くなったMさん、Tちゃんはおっかなびっくりな気持ちでバスの座席に座ってました。

バスは霧の中を険しい崖沿いに進み、突然ひらけたかと思うとヘブロンの街中へ入ってゆきます。
その頃から雨足はだんだんと激しくなり、地面からの雨水の跳ね返しが着ているジーンズを濡らすほどになっています。
バスは街中のロータリー付近で止まり、Cathy達は道路わきで降ろされました。
イスラエルのエルサレムからやってきたここ、パレスチナ自治区・ヘブロンはアラブ系パレスチナ人の居住率90%を占めるアラブ人地区です。大多数のアラブ人を監視するため、町のあちこちに監視棟などがおかれユダヤの若いイスラエル兵がたまにパレスチナの少年といざこざを起こすのはちょっと有名な話です。(ここでは催涙ガスも日常茶飯事に使われています)

町の印象は、ムスリム色のある普通の町です。はじめに目がいったのは、ヨルダンみたいな国旗の絵が壁に描かれてる・・これは以前はトランス・ヨルダンという名前でパレスチナ人達はヨルダン人の一員だったからだと思われます。
町中はもうアラブの国で食べ飽きるほど食べたファラフェール屋台

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2.5シュケル(75円)。あれ??物価安すぎじゃない??

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そして香辛料の店、甘いスイーツの店。
どこも変わらないアラブの国。そして人々は目があうと、
「ウェルカム トウ パレスチナ!!」
とにっこり微笑んでくれるのです。Cathyの中ではまさに心の故郷であるヨルダンのパレスチナバージョン。

けれど商店街を歩くと、ユダヤ人によるパレスチナ人迫害を見せ付けられるかのような光景が・・

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天井の金網に放り投げられたゴミ。ユダヤ人がパレスチナ人に対して放ったものだそう。

時折、金網の張った建物が出てきてそこに白地に青いダビデ星、ユダヤの旗がはためいています。他の建物よりもひときわ高い位置に作られたその建物の一端には、監視小屋のようなものがあり兵士が常駐しているようです。
さらに歩いていくとインフォメーションセンターの前に出ました。
中に入ってみることに。

できたばかりかと思われるほど新しいインフォメーションセンターには、にこやかにスカーフを被った女性がいました。つい2週間ばかり前に日本へ平和研修に行ってきたばかりだそうです。
終始笑顔を絶やさない彼女でしたが、Cathy達がヘブロンの現状について聞くとちょっと顔を暗くし、こう言いました。
「あなたたちも知っているでしょう。私達は24時間ユダヤに見張られています。ここには自由というものは存在しないのよ」

パレスチナ人はユダヤ人との確執によって、パスポートを持つこともできず、いわんや分離壁から外に出ることさえかないません。以前イブラヒム爺さんの娘さんのことでも触れましたが、パレスチナ人はユダヤの国であるイスラエルの中にありつつも自由に土地を買ったり建物を建てることはまかりなりません。悪いユダヤ人の中には、そういった現状を逆手にとってパレスチナ人の家々を破壊し、新しい建物を建てることのできないパレスチナ人から半ば強引にその土地を奪う、というひともいるそうです。

インフォメーションセンターを若干重苦しい気持ちで出ると、果たして雨は激しさを増し、ヘブロン唯一の観光スポットと思われたアブラハムのモスクまで向かう一本道が完全に水没していました。

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大雨の中のヘブロンは、まるでいずれの神様が奪い合い憎みあう人々のために流す大粒の涙のようでした。

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パレスチナ暫定自治区~分離壁とアイダ難民キャンプ~

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いろんなメディアが、中東の問題をとりあげてるけど。。。正直いって、遠い日本にいるときにはCathyにも何が問題なのか複雑でわかんなかった。
でも、どうやらまとめてみたらシンプルらしい。

もともとアラブ人とユダヤ人が住んでいた現在のイスラエルと呼ばれる土地。商売上手なユダヤ人はそこからヨーロッパや各地に出稼ぎに出て行く。永い間アラブ人(パレスチナ人)がその地に定住していた。そこに、第二次世界大戦でヒトラーの虐殺に脅かされたユダヤ人が一斉に帰国する。国連はユダヤ人に同情し、その地をユダヤ人の王国、イスラエルと名づける。世界各地に散らばっていたユダヤ人も自分の国を求めて帰国(?)。もともとそこに住んでいたパレスチナ人たちは、もちろん反発。

・・てな流れみたい。

うん、争いごとよりもホスピタリティの精神を感じるムスリムが、なんで戦争することになったのか・・・そこには土地を追われ、いままさに脅かされているひとびとがいるわけで。
実際にパレスチナ自治区に訪れたときにもその確執をまざまざと感じたのです。

エリアAと呼ばれるパレスチナ自治区。その日は分離壁を越えてベツレヘムへ向かいました。
目的はローカルの人々との交流、そして地区内にある最大規模のキャンプ、アイダ難民キャンプへの訪問です。

一緒に行った日本人の男の子たちは、ベツレヘムの中心にあるイエス・キリストの生誕教会へ。ムスリムの国で教会に入る気分ってなんだか複雑。
先日、ここに訪れた際に訪問していたCathyですが、一緒についていくことに。

キリストの生誕場所に膝まづき、一心不乱にお祈りをささげるひともいます。

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そういえば、先日タクシーのおっちゃんが言ってたけど、ここパレスチナ自治区ではクリスチャンもムスリムもみな仲良く暮らしているんだとか。
町なかにはもうすぐむかえるクリスマスを祝うように大きなツリーがありました。

教会見学を終えて、分離壁を見に向かいます。分離壁の見所はほとんど、町の中心から徒歩圏内。車とかバンバン行きかう道沿いに、あります。
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分離壁に描かれた風船に乗って飛んでいく女の子。自由をもとめるひとびとを象徴しているようです。
 
分離壁を見学していると、ふいに後ろから声をかけられました。

彼の名前はムスタファさん。分離壁からすぐの自動車修理工場で働いています。私達3人はお誘いに応じて、彼の仕事場でチャイと甘いアラブスイーツをご馳走になりました。
イスラエル側では現地のひととの交流はないようなものでしたが、ここパレスチナではまるでヨルダンにいるかのように、現地人の優しさやホスピタリティを感じます。

チャイを飲み終わると、ムスタファさんはこちらにおいで、と合図してきました。

彼について工場の裏手にいくと、そこには窓ガラスのなくなった崩壊しきった家屋が。。部屋だった場所には、無残なガラスの残骸が散らばっています。Cathyはちょっと嫌な予感がしました。

”ここは、僕の父が亡くなった場所なんだ”

ムスタファさんはそういうと、もう何度も反芻したであろう記憶を辿るような遠い目をしました。
彼のお父さんは中東戦争の爆撃を受けてこの建物の中で亡くなったそうです。こんなに優しいひとのお父さんが、1発の爆弾で命をおとす。Cathyの目がしらもじわりと熱くなってしまいふと隣を見ると、そこには悲壮な表情をした同行のマサさん。戦争はひとびとに悲しみしか残しません。

ムスタファさんにお礼を言い、Cathy達は次の目的地、アイダ難民キャンプに向かいました。
難民キャンプという名前ではありますが、ここは中東戦争から20数年もたっているので一つの住宅地と化しています。

キャンプ内で出会ったこども。積もった雪にはしゃいで雪合戦していました。とってもかわいい。

アラブ人はよく笑うし、ひとなつっこい印象があります。ムスリムに知り合うまでは怖い、爆弾テロ、のイメージしかなかった彼らですがそれらがいかに西欧諸国の情報操作によるものかということを肌で実感します。

キャンプ内の売店でお買い物してみました。
チョコバーが15円、紙パックジュースが30円。

イスラエルとのこの物価の格差はなんでしょう。
そこには政府のいろいろな思惑や政策が関係していそうです。

こうしてCathyのパレスチナ訪問は終わりました。この国にはまだまだ根っこからの問題が残されています。一日もはやく皆が笑顔で安心して暮らせる土地になりますように、いまはそう願うことしかできません。

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シリアの難民・ザータリー難民キャンプ



なにもない荒野の砂漠の中を、薄汚れた古いバンはひたすら走ってゆきます。
最後部に座っているCathy達4人の前の列には、これからキャンプへ帰ってゆくシリア人家族のお母さんの膝上に、しばしばこっちを見てきゃっきゃとつぶらな瞳で微笑んでくれる子供達が乗っています。

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ヨルダンのシリアとの国境ほどちかくにあるザータリー難民キャンプには、毎日70人もの難民が祖国シリアの内紛から逃れて来るのだとか。規模は世界で2番目に大きく、2011年に設立され中には既に商店やタクシーまで走っているという大規模なものだそう。

この世界に起きている戦争という現状を知りたい。最初はそんなシンプルな動機でした。

日本に生まれ生活してきたCathyにとっては中東の戦争や争いごとはいつも、どこか遠い国のお話で実感をともなうものではなかったのです。

ヨルダンに到着した初日に、まずびっくりしたのがひとのおおらかさ、そして近隣諸国のひとびとが仲良く暮らしているということでした。

町をあるけばひとびとが”ウェルカム トウ ヨルダン””困ってることは無い??”などと気さくに話しかけてくれるのです。その数多数。
また、純粋なヨルダン人というのは少なく、シリア人、イラク人、パレスチナ人などが一緒に生活しているなど治安のいいヨルダンは紛争の絶えない中東のシェルター的な役割を果たしているようです。

首都アンマンから朝出発したCathyは、途中、ヨルダン北部のイルビットという町でバスを乗り換えてキャンプへ向かう起点となる町までやってきました。
ここで小さな乗り合いバンに乗りかえると、そこには町に買出しに来てちょうどキャンプへ帰ってゆく家族連れが。

小さな子供達はこの悲惨な紛争の現状を微塵も感じさせないような笑顔でこちらを見たり、お母さんの肩に顔を押し付けて隠れたりしてとてもかわいい。

20分ほど荒野を走ったでしょうか。バンは停車し、下りるとそこには大きなゲートとヨルダンの旗が。
ここがザータリー難民キャンプの入口。

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キャンプの中に手押し車をひきながら入ってゆく子供達や、ズタ袋を抱えて歩くおとな。彼らの着ている服はよほど一張羅のような、もうすでに砂埃で色の変わってしまった裾も擦り切れたものばかりです。

息を一息つき、いざと向かうとなんと入口に座ってたガードマンに止められました。

「何しに来た??」

「えっと・・見学に来ました。」

「ここは観光客の来る場所じゃない。もし入りたいのなら政府の許可証を持ってから来なさい」

「え、そんなのがいるんですか・・(しらなかった。でも良く考えたらそうだよね、誰でも入れてたら治安もままならなくなるし)」

でもせっかくここまで来て、簡単には引き下がれません。そうしているとCathyの目の前を先ほどの親子が通り過ぎてゆきます。
子供達は無邪気な笑顔を見せて、バイバイと手をふってくれました。

中を見たい。争いの中にもたくましく生きる人々のパワーを直接感じたい。そこには絶望もあるかもしれないけどそんな中にも咲く小さな希望を実際に感じ、持ち帰りたい。Cathyはエゴの塊になってました。

「なんとか、お願いします。私ここに来るために日本からはるばる来ました。今世界で起きていることの真実をこの目で見たいんです。」

けれど警備のお兄さんはかたくなです。

「そうしてあげたいけれど、、これは決まりなんだよ」

ヨルダンの治安のよさは、この警察機構の強力さにあるのかなと思いました。

結局あきらめてキャンプをあとにするCathy。ちなみに後日談ですが、アンマンにて許可証をとれる場所という内務省に直接出向いたのですがやはりいち観光客には発行は難しいということでした・・団体だとか、公的な機関からの派遣なら可能だそうですが。

結局行けなかったザータリー難民キャンプですが、ヨルダンという国のしっかりした機構を知ることができ、またすこしでしたが難民とのふれあいもありCahtyの中でも中東のイメージが大きく変わった出来事でした。

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