美しすぎるバイカル湖~シベリア鉄道の車窓から~



「イクスキューズミー、イッツ バイカル」

お隣のコンパートメントにいる、若くて背の高いロシア人男性がCathyのコンパートメントの扉を突然ノックし、教えてくれました。

コンパートメントの座席に横になって音楽を聴いていたCathyはガバッと起き上がり、

「サンキュー!」

と言ってすぐ外の通路窓に飛びつくように貼りつきます。

すぐ目に入ってきたのは、大きな湖面が遠くにいくにつれところどころ氷と混じりあい、ときに魚の鱗のような、ダイヤモンドを細かく砕いたような、表面のざらざらとした質感をみせています。そして太陽の光をうけ独特のきらめきをみせながら岸に向かってひろがる様子。たまに、水温と外気温の差からでしょうか、水面から白い湯気のようなものも立ち昇っています。

筆舌に尽くしがたい美しさ。

遥か彼方まで見渡せる湖は、一瞬大海原かと見まがうほどですが岸辺に波が立っていないところを見てこれは湖なのだと再認識させられます。

軽く泡立てたばかりの大量の生クリームをそのまま天からとろんと草原にひっかけてしまったかのように、クリーミーな白の雪原。その穢れ無き大地には背の高い灰色の木立が乱立し、その間から列車の速度にあわせてちらちらとこちらを覗くバイカル湖の美しさを際立たせています。

実際に湖畔に立っていないにも関わらず、ひと目で分る静寂さ。神々しさ。
かの尾道出身の文才、林芙美子も、シベリアの旅路で同じようにこの景色を眺めていたのでしょうか。

大自然の前に、人間とはこんなに小さな存在なんだなあ。その気づきに感謝の気持ちと共に自然と涙が溢れてきます。
自然はこうして人間に気づきと愛を与えてくれる存在としていつもそこにあるのだと。

ふと、窓の外に白くまるまるとした鳥がパタパタとせわしなくその小さな身体についた小さな羽根をはためかせながら、列車に寄り添うようについてくるのを見つけました。
一生懸命にその小さな羽を使って飛んでいるのは、なんともかわいらしくて。

ちょうど列車はスピードを速め、小鳥は遠く曇りがかったシベリアの空彼方へ消えてゆきます。
Cathyはこの幸福感を反芻するために、もう一眠りしようかという気持になっていました。

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シベリア鉄道の中で~お会計は鉛筆書き~

おいくらになりますか??

ロシアの伝統料理、ボルシチとサーモンのサラダをいただくと、Cathyは食堂車のお姉さんに聞きました。

金髪のショートカットに青い目、ふっくらした体型のだいたい40代後半に見えるお姉さんは無愛想に頷き、雑記帳の端を破りとりそこに先のつぶれた鉛筆で計算をはじめます。

この時代に鉛筆、かあ・・・

そこにシベリア鉄道ならではの時間の止まってしまったかのような懐古の情を感じたCathy。
鉛筆といえば、こんな笑い話があったっけ。

昔、アメリカのNASAが宇宙でも書くことのできるペンを開発しよう、と意気込み多くの開発費用を投じたことがあった。
しかし試作品はどれも失敗。なかなか完成にまで至らない。
一方、ロシアは鉛筆を使った。

・・って話。笑っちゃうけど、なんだかロシアらしい素朴感のあるちょっとホントっぽいお話。

お姉さんの手元を見ながら、そんなことを考えてたCathy。お姉さんは手計算を終えるといいました。

「じゃあ、16ルーブルよ」

わかりました、例えばドルでの支払いもできるんですか??

「ドルなら16ドルになるわ♪」

・・・全然、計算する気ないのですね 笑

ルーブル払いで会計を終えると、なんだか大雑把でもあり適当な仕事ぶりが可笑しくて笑いがこみ上げてきました。

そりゃあ、アメリカと仲良くはなれないよね、なんちゃって思ったCathy。列車は首都モスクワを目指し、進み続けます。

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貴婦人アルーン~シベリア鉄道の乗客その2~



「ねえ、あなた。あと1時間後にレストランに行って見ない?」

コーヒーを飲むために給湯器からお湯を汲んで帰ってくるところで、お隣のコンパートメントにいるふくよかで上品な老婦人に突然話しかけられました。

「もちろん!ちょうど、行って見たいと思っていたんです」

アンドレアとお別れしてひとりコンパートメントに取り残され、寂しかったCathyは即答します。

レストランはCathy達のいる9号車から、前方に3列車進んだ5号車にあります。
列車と列車の連結部分は、要は外なのでシベリアの雪がふりつもり凍りついており通過する一瞬だけでも十分腹にくる寒さです。
そんな連結部分を5回も乗り越え、やっとレストランに到着するとCathy達2人を出迎えたのは床を走り回る元気なチワワの赤ちゃんとロシア人スタッフでした。
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「子供が3人いて、孫が5人いるのよ」
でてきたボルシチ(ロシアの野菜や肉のスープ)とサラダを食べながら、彼女は言いました。
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「驚いたでしょう?私はもう老人よ。ペンションを持ってるのだけど、私は働くのがすきなの。だから、いまだにこうやって大学の先生してるの。仕事でノボシビルスクという町に行くのよ」

そう言った彼女の表情は柔らかく、つい安心して身をまかせてしまいたくなるようなおおらかさを感じさせます。
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2日目も彼女と一緒に食堂車に向かいます。

「あなたは私の娘と同じくらい。本当の娘みたいだわ」

そう言う彼女の目は穏やかで、愛情深く、余裕のある気品をかもしだしています。Cathy,将来齢をとったらこうでありたいと思うような気品が漂っています。

「またあなたに会えるかな」

「そうね、あなたの世界旅行が終わったら、今度は夏のモンゴルにいらっしゃいな。ただ、私がそのときまで生きていたらだけれど」

とアルーンは言い、小さくお洒落なめがねの奥から私に茶目っ気たっぷりの笑みを見せるのです。

Cathyはすっかりアルーンのファンになってしまいました。

食事を終え、ノボシビルスクの町に到着した午後4時には辺りはすっかり暗くなっていました。
アルーンの大きなスーツケースは車掌によって隣の部屋から運び出され、それにつづいて中身のわからないズタ袋を持って暖かそうな厚手の毛皮を着たアルーンが現れました。
重厚な色のオーク材を使った一等コンパートメントに、そのズタ袋は明らかに浮いています。(Cathyの小汚いカバーをかけたバックパックも人のことは言えませんが)

「それ、なあに?」
「これはね、石よ。モンゴルの石。私はサイエンス専攻だから、これは検証用にもってきたものよ」

なるほど、アルーンはまさしく学会にいく教授ということを再認識させられます。
しんしんと粉雪が降る、夕暮れの中を、列車のタラップを降りるとアルーンを向かえに来たという同僚がすぐに歩み寄ってきました。
つかの間の出会いではありましたが、彼女の優しさ、おおらかな愛情を感じるには十分な2日間だったなあと感じ入りながら、2人の背中を見送ります。すぐそこには、シベリア鉄道の乗務員である車掌さんが、トレードマークの長く黒いロングコートに金色のバッジのついた帽子をかぶり、吐く息も白くたたずんでいます。それがなんとも格好いい。

出会いと別れ。

この神様が与えてくれる感動を大切にしよう。と心の底から感謝の気持ちをこめて舞い降りてくる粉雪をたどり、暗く全てを包み込もうとする冬の夜空を見上げていました。

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