イスラエルに行ってきました!

はいたい!ケイシーです。
昨日放送の『ナチュラルに旅して』
イスラエルのおみやげCD,ヘブライ語のバラードでした♪こんなジャケットだったんですよー♪
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ところでそもそも砂漠の国、イスラエルに訪問した理由とは・・

皆さまは、第二次世界大戦時の日本国大使:杉原千畝氏をご存知でしょうか?
杉原氏はナチスドイツのユダヤ人大量虐殺が始まると同時に他国亡命しようとビザを申し込んできたユダヤ人たちに、即断で日本ビザを与えたというユダヤ人の英雄のひとりです。
時代を超えて彼が救ったユダヤ人はその子孫を含め数千人にのぼるとされ、杉原氏の偉業を後世に残そうとドキュメンタリーなど作成をした、班目先生が正式にイスラエル国家から依頼を受けて平和の発信地としての瞑想プラネタリウムを建立することになりました。
この、瞑想プラネタリウムとそのすぐ隣の杉原千畝ストリートの開通式に参加するため、日本から参加させていただいたのです~
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瞑想プラネタリウム、PLANETANYA(プラネタニア)の隣に開通した、杉原千畝ストリートで班目先生と♪
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杉原氏の頭の中に、ひとは人種・宗教をこえてみな同じなのだという考えがあったからこそ、多くの人々の命を救いこうして後々まで人々の心を打つ愛を残したのだと思います。素敵ですよね!!

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おまけ。イスラエルにはあちこちにお花があります。
ちなみにここは独立戦争で亡くなった方々がたくさん眠る、お墓です。いまだに戦闘状態の続く国とは思えないような、明るさと残酷さを秘めた国なのでした。

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皆様の一日がより素敵なものとなりますように♪

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噂のイブ爺さん・・イスラエルにて70年ぶりの大雪!!

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「はい、これあげるから」

差し出された一対の靴下。

「サンキュー アーネスト」

Cathyはいま、イスラエルのエルサレムにいます。
よく、長距離のフライトに乗ると機内キットでついてくる、あのざっくりとした靴下。70年ぶりの大雪でお外で転びまくり&靴の中ぐしょぐしょになって半泣きで帰ってきたCathyに、宿のボランティアスタッフ、アーネストさんが同情してくれ靴下をくれたのです・・

それにしても物価の高いイスラエルでは、聖地エルサレムで安宿を見つけるのはとても大変。なので最近のバックパッカーの中で有名な、かの”イブラヒム・ピース・ゲストハウス”に行ってみることにしました。
ここはパスポートをもたずに世界で平和を演説してまわっているという、おじいさんのお家でドネーション(寄付金)でまかわなれています。

寄付といっても、大体の金額をイブじいさんが指定してくるので、大体1泊50シュケル~120シュケル(1500円~3600円)をみんな払っているようです。(指定制の寄付金って??って感じですけどね)

寝る場所は相部屋か個室。2階のベランダを出たうえにさらに3階を増設しているのですがそこへ行くまでには外に出ることになり、さらに増設部分の3階は極寒!!!足を伸ばして寝ることができません・・(オールナイトダンゴ虫状態)シャワーはソーラーパワーを使っているので天気の悪い曇り続きのときには寒すぎてシャワーを浴びることができず、まるで修行僧のような生活です。

ただここの宿は、キッチンが充実しており食材もおいてあるものを自由に使っていいのでシェア飯好きの日本人には好評なようです。そして名物、イブラヒムじいさんの”ごはん!!イート!!!”彼自身も直接手料理を振舞うことは珍しくありません。
ここに集まる旅行者は口コミだったりでこの宿を見つけ、やってきます。

3日ほどもいると、イブじいさんの演説が聞けます。Cathyは大雪に閉じ込められて7日くらい滞在しましたが、ある晩、チェコから来た学生さんたち10数名と夜の食卓を囲んでいるとその演説が始まりました。

以下は演説の抜粋。
”みなさん、さまざまな国からここエルサレムのイブラヒムピースゲストハウスまで来てくれて有難う。ここにやってくるすべての人々を私は自分の子供のように歓迎します。
実はここ数ヶ月で私は何度かこの20年ちかくやってきたゲストハウスを閉めようかと考えていました。
この建物は先祖代々から受け継いだものですが、自分のいま置かれている状況には逆らえないのです。
例えば自分の娘は数年前、新築の家の建設を政府に見咎められ多額の罰金を課せられました。約三千万円という大金です。その時期、世界中の私の友達は義援金として世界から援助の手を差し伸べてくれなんとかその3分の1の金額を集めることに成功しました。
しかしまだ支払い金は残っており、政府は支払い金が滞ると私を牢屋に入れようと準備しています。実際私は何度か牢屋で過ごしたこともあります。
その罰金を払うためには既にリタイヤした私からは望めず、娘の働き先からの収入、すこしばかりのこの宿の寄付金などに頼っているのが現状です。
ですがこのゲストハウスにしても運営費もかかります。それは物価の高騰するイスラエルでは深刻な問題です。私はなんどもこの宿を閉まってしまおうかと考えました。けれども世界中から私の話を聞き知ってやってくる旅行者、この日本人達のような(そういってイブじいさんは私達数人の日本人を指差しました)驚くべき長期旅行者達の話を聞くと、彼らがこの家の玄関まで来て落胆して帰ってゆく後ろ姿を見たくはないと思い直すのです。”

そうして、その日の演説はできればこの宿を存続させるための募金額として70シュケル~120シュケル(約2100円~3600円)を募金箱に入れて欲しいと締めくくられました。

正直、Cathyにとってはなんだか居心地の悪いお話だったなあというのが感想です。爺さんの娘さんはパレスチナ人だから、ここイスラエルでは建物を建てるときには政府の許可がいります。
そりゃあ、無許可で建てちゃったらあとから本来収めるはずだった税金と罰金、まとめて請求されてもおかしくないのかもしれません・・(パレスチナ人だけに限ってそんな制約を設ける国自体ももちろん考え物ですけど)
それからその居心地の悪さは爺さんの同情をさそうような語り口からきたものかもしれません。

「私達夫婦はもう老い先も短い、苦労させた嫁を海外旅行にも連れて行ってやりたい。どうかこんな私達を助けてもらえないだろうか」

彼の演説には一種、独特なものがありCathyにとって後味が悪かったことは否めません。
雪のしんしんと降るイスラエルの夜は、ゆっくりと更けてゆきます。

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うつろなユダヤ人と悪魔の宗教

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ふらふらと歩くシルクハットの男性を、Cathyは後ろからじっと観察しています。
イスラエルの聖地エルサレム。
70年ぶりの大雪によって、人影もまばらな嘆きの壁の前で、ひとしきり祈りを捧げた後歩き出した彼の後姿は、なにかにとりつかれたかのようにおぼつきません。

肩がふらふらと右に左にゆれるのです。それは彼が着ているユダヤ教独特の服装_黒いシルクハットに黒いロングコート_のせいでもあるのかもしれません。
そうであるにしても、その歩き方には一種独特の雰囲気があってCathyはひとしきり吸い込まれるようにして見入ってしまいました。

歩きにくい雪道に何度も滑って転びながら宿に帰ると、出かける準備をしているチェコ人グループの女の子に会いました。
”Cathy、どこに行ってたの??出かけるわよ”

”え、出かけるってどこへ??”

”アーネストに聞いてないの??今日は土曜日、昨日からのシャバット(ユダヤ教の安息日)明けのお祝いにユダヤ人のお家にランチに行くのよ”

”行きます!”

ミステリアスなユダヤ教に興味津々だったCathyは即答でした。

イブラヒム爺さんのボランティアスタッフであるアーネストさんにつれられ、チェコ人グループ6人と一緒にオリーブ山のふもとから歩いて20分くらいの地元のユダヤのお家へ。

玄関には張り紙。
”私達はユダヤの安息日である金曜日の夕飯、そして安息日明けの土曜日の昼ごはんに各国の訪問者を歓迎します。”
通されたお部屋はわりとこじんまりとした書斎です。ところ狭しとばかりに本棚に並ぶヘブライ語の本が、まるで中世博物館の展示室に迷い込んだかのような錯覚を覚えさせます。
ユダヤの教えで、安息日には電気製品などから遠ざかる、というものがあり、写真撮影は許してもらえませんでした。

ところで席に座ってぞろぞろとやってくる訪問者を観察していると、ふいに現地人っぽい若い女性に話しかけられました。

”ちょっとあなた、あなたはユダヤ教徒なの??”

・・・うーんと。。アジア人のユダヤ教徒だと間違われたのかな??
質問の真意をはかりかねていると、彼女は続けます。

”みたところツーリストね。ちょっと手伝ってもらいたいことがあるんだけど、大丈夫かしら”

”あ、はい。(なんだろう・・)”

彼女はCathyの手をとり、出口へと招きます。いつのまにか彼女の夫っぽい男性も一緒にCathy達3人は外の小道を歩いていました。歩きながら説明をしてくれます。

”私はカナダから来たユダヤ人なの。彼は夫よ。あなたも知っているでしょう、今日はユダヤの安息日っていって、私達ユダヤ人は電気製品に触ることを許されていないの。でも間がわるいことに家のブレーカ-が落ちちゃって。
あなたに手伝ってほしいのよ”

なるほど・・Cathyのようにユダヤ教徒でない観光客が、観光目的で例の家に来ることを見計らって声をかけてくれたようだと合点がいきました。

”お力になれるなら、喜んで”

彼女のお家はあるいて数分の集合住宅の一区画でした。
家の壁にとりつけられたブレーカーの蓋をひらき、コレコレ、コレだよ!とぎりぎりまで指を近づけて指し示す旦那さんにおかしさを感じながら(だってそこまで近づいたらもう一緒じゃない?と思ってしまうのですが)、スイッチをオン!
そうすると奥さんが紙皿にシャバットのご馳走を載せて持たせてくれました~
ご馳走は、お家によってさまざまだそうですが、Cathyがいただいた紙皿にはいり卵、紫キャベツのサラダ、パンが載っていました。

有難う!と見送ってくれる奥さん、こちらこそ貴重な体験を有難うございます。

書斎にもどると、次々に料理が運ばれてきました~

サラダ、魚肉ソーセージ、どっしりとしたユダヤパン。チキンの手羽先煮込み、、あとからあとから運ばれてくるお料理を、自分のお皿にとってはお隣に回してゆきます。

最初のうちはお腹の空いていたCathy。ひたすら食べることに集中してましたがそのうち、ところ狭しと座っているユダヤの正装の方々の様子が違うことに気がつきます。

トレードマークであるブロンドの長いもみあげをふらふらさせながら、彼ら聖書に没頭しているのです。
中には口の中でどこかの一文をぶつぶつと唱えている男性もいます。

ふと隣を見ると、白いブラウスに黒のロングワンピースの似合うお姉さんも食べ物を口に運びながらブツブツと何か唱えています。
これ、ちょっとおっかない状況です。なにしろ、密閉した空間にコレだけの人数(4,50人はいたでしょうか)が集まってユダヤの聖書の一文を朗読したり自分の世界にひたっているのですから・・

あ~写真を撮れなかったのは悔やまれます・・

ユダヤ教が、その昔悪魔の宗教と呼ばれ恐れられた経緯もなんとなく想像がつくような体験ができたのでした。

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パレスチナ暫定自治区~ヘブロン訪問~

”ここから先はエリアAと呼ばれる地区です。イスラエル人の立ち入りは生命の保障をできかねます”
濃霧の中突然現れた立て札。赤い文字でそんな怖い文言が描かれた看板を横目に、Cathyと宿で仲良くなったMさん、Tちゃんはおっかなびっくりな気持ちでバスの座席に座ってました。

バスは霧の中を険しい崖沿いに進み、突然ひらけたかと思うとヘブロンの街中へ入ってゆきます。
その頃から雨足はだんだんと激しくなり、地面からの雨水の跳ね返しが着ているジーンズを濡らすほどになっています。
バスは街中のロータリー付近で止まり、Cathy達は道路わきで降ろされました。
イスラエルのエルサレムからやってきたここ、パレスチナ自治区・ヘブロンはアラブ系パレスチナ人の居住率90%を占めるアラブ人地区です。大多数のアラブ人を監視するため、町のあちこちに監視棟などがおかれユダヤの若いイスラエル兵がたまにパレスチナの少年といざこざを起こすのはちょっと有名な話です。(ここでは催涙ガスも日常茶飯事に使われています)

町の印象は、ムスリム色のある普通の町です。はじめに目がいったのは、ヨルダンみたいな国旗の絵が壁に描かれてる・・これは以前はトランス・ヨルダンという名前でパレスチナ人達はヨルダン人の一員だったからだと思われます。
町中はもうアラブの国で食べ飽きるほど食べたファラフェール屋台

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2.5シュケル(75円)。あれ??物価安すぎじゃない??

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そして香辛料の店、甘いスイーツの店。
どこも変わらないアラブの国。そして人々は目があうと、
「ウェルカム トウ パレスチナ!!」
とにっこり微笑んでくれるのです。Cathyの中ではまさに心の故郷であるヨルダンのパレスチナバージョン。

けれど商店街を歩くと、ユダヤ人によるパレスチナ人迫害を見せ付けられるかのような光景が・・

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天井の金網に放り投げられたゴミ。ユダヤ人がパレスチナ人に対して放ったものだそう。

時折、金網の張った建物が出てきてそこに白地に青いダビデ星、ユダヤの旗がはためいています。他の建物よりもひときわ高い位置に作られたその建物の一端には、監視小屋のようなものがあり兵士が常駐しているようです。
さらに歩いていくとインフォメーションセンターの前に出ました。
中に入ってみることに。

できたばかりかと思われるほど新しいインフォメーションセンターには、にこやかにスカーフを被った女性がいました。つい2週間ばかり前に日本へ平和研修に行ってきたばかりだそうです。
終始笑顔を絶やさない彼女でしたが、Cathy達がヘブロンの現状について聞くとちょっと顔を暗くし、こう言いました。
「あなたたちも知っているでしょう。私達は24時間ユダヤに見張られています。ここには自由というものは存在しないのよ」

パレスチナ人はユダヤ人との確執によって、パスポートを持つこともできず、いわんや分離壁から外に出ることさえかないません。以前イブラヒム爺さんの娘さんのことでも触れましたが、パレスチナ人はユダヤの国であるイスラエルの中にありつつも自由に土地を買ったり建物を建てることはまかりなりません。悪いユダヤ人の中には、そういった現状を逆手にとってパレスチナ人の家々を破壊し、新しい建物を建てることのできないパレスチナ人から半ば強引にその土地を奪う、というひともいるそうです。

インフォメーションセンターを若干重苦しい気持ちで出ると、果たして雨は激しさを増し、ヘブロン唯一の観光スポットと思われたアブラハムのモスクまで向かう一本道が完全に水没していました。

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大雨の中のヘブロンは、まるでいずれの神様が奪い合い憎みあう人々のために流す大粒の涙のようでした。

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パレスチナ暫定自治区~分離壁とアイダ難民キャンプ~

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いろんなメディアが、中東の問題をとりあげてるけど。。。正直いって、遠い日本にいるときにはCathyにも何が問題なのか複雑でわかんなかった。
でも、どうやらまとめてみたらシンプルらしい。

もともとアラブ人とユダヤ人が住んでいた現在のイスラエルと呼ばれる土地。商売上手なユダヤ人はそこからヨーロッパや各地に出稼ぎに出て行く。永い間アラブ人(パレスチナ人)がその地に定住していた。そこに、第二次世界大戦でヒトラーの虐殺に脅かされたユダヤ人が一斉に帰国する。国連はユダヤ人に同情し、その地をユダヤ人の王国、イスラエルと名づける。世界各地に散らばっていたユダヤ人も自分の国を求めて帰国(?)。もともとそこに住んでいたパレスチナ人たちは、もちろん反発。

・・てな流れみたい。

うん、争いごとよりもホスピタリティの精神を感じるムスリムが、なんで戦争することになったのか・・・そこには土地を追われ、いままさに脅かされているひとびとがいるわけで。
実際にパレスチナ自治区に訪れたときにもその確執をまざまざと感じたのです。

エリアAと呼ばれるパレスチナ自治区。その日は分離壁を越えてベツレヘムへ向かいました。
目的はローカルの人々との交流、そして地区内にある最大規模のキャンプ、アイダ難民キャンプへの訪問です。

一緒に行った日本人の男の子たちは、ベツレヘムの中心にあるイエス・キリストの生誕教会へ。ムスリムの国で教会に入る気分ってなんだか複雑。
先日、ここに訪れた際に訪問していたCathyですが、一緒についていくことに。

キリストの生誕場所に膝まづき、一心不乱にお祈りをささげるひともいます。

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そういえば、先日タクシーのおっちゃんが言ってたけど、ここパレスチナ自治区ではクリスチャンもムスリムもみな仲良く暮らしているんだとか。
町なかにはもうすぐむかえるクリスマスを祝うように大きなツリーがありました。

教会見学を終えて、分離壁を見に向かいます。分離壁の見所はほとんど、町の中心から徒歩圏内。車とかバンバン行きかう道沿いに、あります。
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分離壁に描かれた風船に乗って飛んでいく女の子。自由をもとめるひとびとを象徴しているようです。
 
分離壁を見学していると、ふいに後ろから声をかけられました。

彼の名前はムスタファさん。分離壁からすぐの自動車修理工場で働いています。私達3人はお誘いに応じて、彼の仕事場でチャイと甘いアラブスイーツをご馳走になりました。
イスラエル側では現地のひととの交流はないようなものでしたが、ここパレスチナではまるでヨルダンにいるかのように、現地人の優しさやホスピタリティを感じます。

チャイを飲み終わると、ムスタファさんはこちらにおいで、と合図してきました。

彼について工場の裏手にいくと、そこには窓ガラスのなくなった崩壊しきった家屋が。。部屋だった場所には、無残なガラスの残骸が散らばっています。Cathyはちょっと嫌な予感がしました。

”ここは、僕の父が亡くなった場所なんだ”

ムスタファさんはそういうと、もう何度も反芻したであろう記憶を辿るような遠い目をしました。
彼のお父さんは中東戦争の爆撃を受けてこの建物の中で亡くなったそうです。こんなに優しいひとのお父さんが、1発の爆弾で命をおとす。Cathyの目がしらもじわりと熱くなってしまいふと隣を見ると、そこには悲壮な表情をした同行のマサさん。戦争はひとびとに悲しみしか残しません。

ムスタファさんにお礼を言い、Cathy達は次の目的地、アイダ難民キャンプに向かいました。
難民キャンプという名前ではありますが、ここは中東戦争から20数年もたっているので一つの住宅地と化しています。

キャンプ内で出会ったこども。積もった雪にはしゃいで雪合戦していました。とってもかわいい。

アラブ人はよく笑うし、ひとなつっこい印象があります。ムスリムに知り合うまでは怖い、爆弾テロ、のイメージしかなかった彼らですがそれらがいかに西欧諸国の情報操作によるものかということを肌で実感します。

キャンプ内の売店でお買い物してみました。
チョコバーが15円、紙パックジュースが30円。

イスラエルとのこの物価の格差はなんでしょう。
そこには政府のいろいろな思惑や政策が関係していそうです。

こうしてCathyのパレスチナ訪問は終わりました。この国にはまだまだ根っこからの問題が残されています。一日もはやく皆が笑顔で安心して暮らせる土地になりますように、いまはそう願うことしかできません。

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