キエフ・ズリヤニ国際空港の行きかた(2013年旅の技術)

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地下鉄メトロ3番のdorohozhychy駅から、22番のトロリーバスに乗る。

地上にあがったら人々が道路わきに立っていると思うので、そこを目印に。
間違った方向に乗ってしまうと反対側にいってしまうので、乗るときにはもぎりのおばちゃんに空港行きかを確認してください。所要時間約45分で空港近くまで行けます。

再びウクライナ!!~再訪の目的~

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寒い寒いウクライナ。Cathyは実は去年、シベリア鉄道を使ってロシアを横断した後にウクライナに訪れています。

今回、人生2度目になるウクライナ。

ここに来た目的のひとつに、チェルノブイリ原発を見に行くがあります。

2011年に日本の福島で起こった、福島原発事故。このときからCathyの心の中で小さな疑問が芽生えはじめました。

1986年にロシアが起こしたチェルノブイリ原発事故。今回の福島は、同じレベルの事故だとされています。

過ちから25年以上たった今日、ひとは原発の危険性や原発事故によって実際に何が起こったのかを学習してこれなかったのか。

今回はちょっと真面目なお話です。

 

9時に独立広場の前でお迎えのバンが来ました~

なんと、車体に何も目印のないただの白いバンです。(政府公認のツアーのはずなのですが、、)

4日前に予約を済ませていたCathyは、パスポートを見せてバンに乗り込みました(料金は180ドルです)

ツアー客はCathyを含めて9人。それぞれアメリカから来た学生さんたち、ドイツから来た旅行者、イギリスからのカメラマンなど、出身はばらばらです。

さて、Cathy達を乗せたバンはツアーガイドのニコライさんと運転手さんを連れて出発。

首都キエフから片道2時間半の道のりでは、道中に原発事故についてのビデオが流れます。その中では、事故後に放射能の影響を何も知らされず現地入りしたひとびとの映像、ウオッカを飲めば被爆しないというデマを信じてウオッカを買いあさるひとびとの混乱などがドキュメンタリーされています。

次第に道は舗装も剥げかけた手入れのされていない道に変わり、ぽつぽつと見えていた民家も見えなくなりあたりには薄クリーム色の乾いた草達に覆われた平原が現れ始めます。

朝にはなんとか晴れていた空模様も、ぽつぽつと小雨が降り、どんよりとした雲が覆い始めました。なんだかこれからお化け屋敷にでも行くような気持ちです。

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バンは事故現場10km地点で停車。この辺りの建物は、ほとんど木造でできていたため事故後の研究者が2次災害を恐れてすべて取り壊してしまったそうです。(あとからそれは愚考だったとわかりましたが、取り返しはつきませんでした。たくさんの放射能を含んだ水が川に流れ込みました。)

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とてもかわいいワンちゃんが尻尾をふりながら近づいてきましたが、参加者はこの区域のいずれのモノに触れないよう厳重に注意されていたので、頭をなでてやることもできません。

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ちょっと走って、この一帯で唯一生き残った建物、かつては幼稚園として使われていたという場所へ案内されます。

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この時点で空中の放射能%は0.2マイクロシーベルト。

大都市キエフ、ロンドンなどでは0.17マイクロシーベルトがだいたい基準ですから、まだ誤差範囲です。

ところが幼稚園の入口にある大木の根っこを計ってみたら、なんと11マイクロシーベルト。

放射能の残存状況は、場所によって異なるようで、特にウクライナでは降雨も少ないことから放射能を含んだ砂が雨水で洗い流されず数値もなかなか下がらないのだとか。。

いまでは無人の廃墟となった屋内に入ります。

こわ・・!!

なかには意図的におかれているであろうオブジェもありましたが、やっぱり人のいなくなった建物が荒れ果てる様を見るのは。。ちょっと怖いですね。

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道中、チェルノブイリ村を通過して原発250m地点へ移動。以前は4万人が暮らしていたチェルノブイリ村には今でも3000人近くの人々が住んでいます。彼らはチェルノブイリの為に働いている作業員や研究員、軍の関係者だとか。もちろん、こどものための教育施設などはありません。

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周辺には週に何度か来ているという洗浄車が、道路に水を撒いていました。

ニコライさんに彼の勤務体系を聞くと、10日出勤して10日お休みをもらっての繰り返しだそう。確かに高濃度の放射能汚染地区に10日もツアーで訪れれば限界だな、と思います。

原発500m地点。2.66マイクロシーベルト。事故を起こした第四原発が遠くに見えます。いくつかある原発の施設は事故後も使用されつづけ、最後の原発が完全に停止したのは2000年のことでした。

原発250m地点。

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なぜが写真撮影は事故現場と新しい石棺しか許してもらえませんでした。

その間にあったのは・・・作業員の詰め所。そこから、手も顔も丸出しのお役人さんたちっぽい男女が数人、Cathy達ツアー参加者が写真を撮るのを眺めています。ちなみにここでのガイガーカウンター数値は2.66マイクロシーベルト。。カウンターがひっきりなしにビービーと警告音を鳴らしています。

まるで全身を放射能が突き刺しているようです。

いまでは老朽化した石棺の代わりを現在立てています。2016年の春には出来上がるということでしたが・・

さすがにそのエリアには5分ももたずに出発です。

次に向かったのは・・

無人のゴーストタウンと化した、プリチャピ村です。

ここには市民プール、学校、開園直前に事故によって開園しないままの遊園地などがあります。

雑木林の中を進んで、しんと静まり返った屋内に立ち入ると

窓ガラスもすべて取り壊されたがらんとした廃墟が顔をみせました。

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小学校の一室にはアメリカとの冷戦用に用意されていた子供用ガスマスクの山が。

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自分たちで用意したガスマスクを自分たちで使ったんだね、と思わず皮肉が口をついて出そうになり慌てて飲み込みました。

草もぼうぼうに生えまくる室内の放射線量は実はたいしたことはありません。キエフ市内と同じ・・でもひとたび屋外に出ると、そこは突如として0.75マイクロシーベルトの放射能汚染地区になってしまうのです。これがプリチャピ村の住民が故郷を後にせざるをえなかった理由です。

ロシア時代にはユダヤ人の集まる古都として栄えた都市の現状が、これです・・・

チェルノブイリ村に戻って、遅めの昼食になりました。

スープ、前菜、メインのお魚ときて豪華な食事です。誰かがこの魚、ここの川で採れたものじゃないよね?と言いました。確かにどこの産地かも分らないものをチャルノブイリで食べるなんて、考えてみたら勇気のいることですよね。

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帰り道のバンの中では、今まで訪問した村や町が昔栄えたころのビデオを見せてもらいました。

たくさんの着飾ったひとびと。何かの記念日でしょうか。歌い、笑う大勢の人々が広場に集っています。

そこは今日歩いたばかりの廃墟と化した広場です。

たくさんの人々が太陽の差し込むプールの中で飛び込んだり優雅に泳いでいます。

そこは今日訪れたばかりの埃とゴミにまみれた建物です。

事故後、30人の尊い命が被害状況を知らされないまま現場に突入して2週間以内に亡くなったといわれています。たくさんの悲しみ、たくさんの怒り、たくさんのいたたまれなさがそこにありました。

ふと、昨日キエフにあるチェルノブイリ博物館を訪れたときのことを思い出しました。

入口をはいってすぐに、桜の木の展示があり、それはキエフから福島へのメッセージなのでした。

「桜の木の友達。私達はあなたと共にいる。諦めないで!-キエフの栗の木

ビデオを見ながら泣いてしまったのはCathyだけではなかったようです。

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